「そしたら、少し離れた場所から見比べてみて一番、金ありそうな奴にしようよ!」「そんなの見て分かるの?」「うん、分かる分かる大丈夫、だって高校の時からお水やってたからさ・・」「へぇ、そっかぁ~!見ただけで金を持っているかどうか分かるなんて弓枝ちゃんってすごいんだね!」「まあね!」
そう言うと弓枝は、その場で右腕を上げて軽くガッツポーズを取ったのだった。
弓枝は、この時点で19歳であり、学歴は高校中退だったのだ。従って高校の時、平行して同時にお水をやっていた事が祟って授業をサボりがちになり、中退したと判断してほぼ間違い無いだろう。確かに、高校を辞めた後もずっとお水だったし、今もつい最近まではお水をやっていたが今はそこのお店を辞めて他の店を探している最中でもあったのだ。だから、弓枝は、ファッションセンスが大変良く、斬新で鮮やかなデザインが好きなのだろう。
「すみません!君達、伝言の子?」その声は、さっきの携帯電話を振りかざしていた男だった。見ると、その男の服装は、濃い緑で袖がクリーム色のスタジアムジャンパーと下が薄いブルーのジーンズであった。
「そうそう!ねぇ、誕生日祝って欲しいんだけどさ、お願いしていいかな?」弓枝がそう言うと、男は照れくさそうに、でも、とても嬉しそうにこう答えたのだ。「勿論、OKだよ!そのつもりで着たしね!でもどこで祝うの?」「ええと、もうデパート閉まっちゃったからさぁ、悪いけど、現金を渡してくれたら、後はデパートが開いたら自分でプレゼントを選んで買う形でもいいかなぁ?」「えっ!今、先に現金を渡すの?」「そうそう、駄目?」男が突然の我侭な要求に躊躇う態度を取ると、弓枝がお水特有と思える上目遣いで甘えるような仕草をしながら問い掛けたのだった。
「ねぇ、弓枝ちゃん、もう一人男が来ちゃったよぉ~!」声の方を振り向くと楓の隣に別の男が立っていた。「さっき、伝言で電話番号を知ってそれで掛けたら、此処に来るように言われた者ですが・・」「ええと、どういうご用件の伝言でしたっけ?」
そしてデニムのブルージーンズの上下姿の男が金を渡し終わった後もしばらく弓枝と楓の二人の傍にいたが、さっき楓の携帯に別の音から電話が来たのを知った途端、居づらくなってしまったらしく、急に“忙しいみたいだから、俺はもう帰るよ”と言い残して帰ってしまったのだった。
そして、もう一人の男を待つ間も次から次へと楓の電話の着信音は鳴り響いていた。
「ねぇ、どうしよう、弓枝ちゃん次から次へと掛かってくるよ!」「じゃあさ、誕生日の男を優先してよ!プレゼント買える男優先で、一時間起きにどんどん待ち合わせして、あっ、同じ時間に最低3人は待ち合わせしてよ!すっぽかしもあるからさ!」「頑張るけど、でも、もしも一人も来なかったら、ゴメンネ!」「一生懸命やれば大丈夫だって!」
弓枝に指示されたとおり、楓は、お誕生日を祝ってくれる男を優先して待ち合わせした。すると、あっと言う間に後30分後に3人待ち合わせが取れたのだった。この3人すべてがお誕生日を祝ってくれる男だった。
そして、30分間待つ間も決して無駄に為らない様に弓枝は駅前の公衆電話で最初に吹き込んだ伝言のオープンボックスに返事が来ているかどうかのチェックも楓に指示したのだった。弓枝に言われるまま、楓は駅前の公衆電話にさっそく入り込み伝言のオープンボックスの返事のチェックを開始した。―その時、もし掛かってきたら返事をしないとと言う事で自分の携帯を弓絵に預けたのだ―
すると、4,5人くらい返事が返っていたので、さっそく自分の携帯番号を知らせ会えるなら、直ぐに連絡をくれる様にとお返しのボックスに返事を吹き込んだのだった。そしてその作業を終えると、公衆電話から飛び出て、また弓枝の下へと小走りに戻ったのだった。弓枝も、楓が公衆電話で伝言の返事を返している間、公衆電話に行く際に楓から預かった楓の携帯に掛かってくる電話の応対をしていたのだった。
「ねぇ、4,5人返事が来ていたんで携帯番号入れといたよ!でも来るかな?」「来るんじゃない、何人かは、来たら、もうデパート閉まっているから現金で祝ってもらおうよ!」
時計を見ると、もう既に夜の9時を回っていた。デパートはもう殆ど閉まってしまう時間だろう。すると遠くからこちらに向かって携帯を振りかざしながら颯爽と走ってくる男が見えてきた。
それを見て、思わず弓枝が叫んだ。
「ああ、あいつ待ち合わせの奴じゃない!」「ねぇ、弓枝ちゃん、いっぺんに本当に3人も来ちゃったらどうする!?」
○○町駅前で着くと、既に待ち合わせの相手らしい風貌の男が着ていたのだった。弓枝の話によると待ち合わせの男は、デニムのブルージーンズの上下姿らしいが、正に、その通りの姿の男が駅前に立っていたのだった。
弓枝が直ぐに男に声を掛けた。
「もしもし、さっきのテレクラの人ですか?」「そうだけど・・・」「ねぇねぇ、私達、ちょっと支払いで困っていてさ、幾らか都合つけれない?」「えっ・・そうなの・・」「そうそうお願い助けてよ!」そう弓枝が下手に言うと、男は急に頬を赤らめてから弓枝の顔をマジマジ見るとニヤニヤとしだしてから「幾らくらいかな、これでいいかな?」とスグサマ、ジーンズのヒップ部分の後ろポケットから財布を取り出し、そこから2万円を差し出したのだった。
「有難う!ラッキー!」弓枝はすぐさま、その万札2枚に飛びついたのだった。
今日の弓枝の格好は薄いエナメル地のハーフコートと派手な柄付きの黄色のワンピースだった。その時、そのハーフコートが少し薄暗くなった秋の夕暮れ時にギラギラと光を放ち一瞬輝きを増したかのように見えたのだった。
弓枝が待ち合わせの男から受け取った2万円をバックの中に仕舞い込むと、次の瞬間、間髪を入れずに携帯の着信音が鳴り響いたのだった。しかし、着信音がしたのは弓枝の携帯ではなくて、楓の携帯だった。
「はい、もしもし」楓が携帯に出ると男の声がしてきたのだった。「あの僕の伝言ボックスに、この電話番号が入っていたんで掛けたんだけど、・・」「ああ、そうですか?」
楓がしどろもどろしていると弓枝が「あっ、掛かってきたの?さっき適当に相談に乗ってくれる人募集であちこち、楓ちゃんの番号を入れといたから、きちんと相手して、直ぐにここに来るように言ってね!」
弓枝に言われるままに楓は、すぐさま自分の携帯電話に掛かってきた男に今から此処に来る様に電話で誘導をしたのだった。
「これにこのメモの台詞を全部吹き込むの?」楓がそう尋ねると弓枝が「そうだよ、一つの電話番号に二つの伝言に自分のスペース作ってそのオープンボックス一つづつにそれぞれの台詞を吹き込んでね」と説明をしたのだった。
楓が言われるとおり、まず一番上に書かれてある電話番号に電話をしてメモの台詞を吹き込む作業に取り掛かりだした。「頑張ってね!私はもう一つの電話で駅前にオタッキーを呼ぶからさ!」
そうだ、弓枝の家には弓枝専用の電話と親も使う元々の電話との二つの回線があったのだ。なので、その気になれば電話線ごともう一つの電話を持ち込んで、いっぺんに二つの電話を同時に使う事も可能だった。
弓枝は、とかく人に指図をするのが好きだし得意であったが、決して怠け者な訳ではなくて、自らも積極的にパキパキと行動をするタイプだった。そんな行動的で人の先頭に立って行動をとる事ができる弓枝の事をいつも楓は自分にはない素晴らしく頼もしい個性を感じて羨望の眼差しで見ていたのだった。
しばらくして楓の伝言のオープンボックスへの吹込みが全て完了すると、弓枝は、さっきか掛け始めたばかりのテレクラの電話の会話に躍起になっていた。
「だからさぁ・・・来れるか来れないかだけだからこっちは、来れないならグチャグチャいうなよ!バァアカ、オタッキー!!」どうやら誘っても断られたらしい、だが、そんな事にもめげず片っ端から自分の知っているテレクラの番号に掛け捲っていたのだった。―弓枝は沢山のテレクラの番号を常時メモに控えて持っていたのだ―
「あ、もしもし、今から、○○町駅前まで来れない?会おうよ・・・うんうん、そう、すぐ来れる?・・うんすぐ行けるよ!」やっと会える相手が決まったらしい。「弓枝ちゃん、誰か会える人みつかったんだね!」「そうそう、伝言ボックスの方はまだでしょ、一時間おきくらいに台詞を吹き込みなおさないとね!」「そうだね!その方がいいね!その方がきっと相手がみつかるよね!」「今、一人会える奴が見つかったから、まず、そいつに先に会おうよ!伝言は、また後で覗こうよ!」「うん、じゃあそうしようよ!」「今から20分後に○○町駅前に来るって行ってたから、間に合わないからもう出よう!」
それからすぐ弓枝と楓の二人は一路○○町駅前まで向かったのだった。
弓枝が紙コップを部屋の隅のゴチャゴチャしている辺りから拾って2つ差し出して来たので、その2つのコップに楓が気を利かせてバヤリースのオレンジジュースを注いだのだった。
楓がオレンジジュースを注いでいる間に、弓枝はすばやくメモに何かを書きとめていた。おそらく、さっき話した伝言のオープンボックスに吹き込む台詞だろう。楓がオレンジジュースを注ぎ終わったと同時くらいに弓枝の作業も終わったようだった。
「はい、これ!」弓枝がさっそく今書いたばかりのメモを楓に差し出したのだった。「あっ、これさっき言ってた伝言に吹き込む台詞だね!」「そうそう」「みるね!」「うん、見たら、さっそく私の部屋の電話使って吹き込んでね!」「電話はどこなの?」「これだよ!」
弓枝の指差す先をみるとそこにはピンク色のキティちゃんのイラストがついた可愛らしい電話が置かれてあった。楓は弓枝に指示される通りにその電話で伝言のオープンボックスに吹き込む作業にさっそく取り掛かった。弓枝に手渡されたメモを見るとそこには“今から、Hな話したい人集まれ!”と言う物と“えっとぉ~!今日は私の誕生日なんですけど誰かお誕生日のプレゼントを買って祝ってくれる人がいたらメッセージ下さい!”と言う2つの台詞が書かれていたのだ。
楓は思わず噴出しそうになってしまった。無理も無い、昔からの友達である楓には“今日が私の誕生日”という台詞は真っ赤な嘘である事はすぐ分かったからだ。その上、“Hな話をしたい人”と言う募集の台詞も本当に可笑しな話で思わず笑い出しそうになったのだ。そんな楓の様子を気づいたか気づかないかは分からなかったが弓枝は「あと吹き込む伝言の電話番号は下のほうに書いてあるからね!」と語りかけてきた。
弓枝に言われるとおり、渡されたメモの下のほうをみると電話番号が10個くらい羅列して書かれていた。