愛武は弓枝とマンションの部屋で二人きりになれて、とても嬉しかった。何と言っても弓枝は愛武にとって大事なフィアンセだから。なので、二人でいる時間は、とても充実していて夢のように過ぎて行ったから。時間が経過し夜になると弓枝はそろそろ帰るから送って欲しいと愛武に頼んだ。
「えっ、ここに泊まるんじゃないの?」「うん、だってここは二人で過ごす場所だから、だって愛武はこれから夜のコンパニオンの送りの仕事でしょ・・・!私、一人でこんな広い部屋に過ごすのなんて寂しくて寂しくて・・・とてもじゃないけど無理・・・」
そう言いながら弓枝は、顔を両手で抱え込んでとても悩んでいるような表情をした。そしてマンションの部屋のカーペットの上にしゃがみ込んだ。
「広いって言っても、二つしか部屋はないよ、それに、もし、まだ時間があるんだったら、今日は僕、送りのバイトを休もうかと思ってたところだよ」すかさず、そう言い返す愛武の瞳はキラキラと星の王子様のように輝いていた。「でも、それだと困るじゃない!お金が入らなくなるでしょ、今日の分が・・・これから先、使うこといっぱいあるんだから働かないと駄目じゃない!」
そう言われてみればそうだ。これから、また、いつ何時どんな買い物の要求が弓枝からあるか分からないのだ。少しでも多く稼いでおかないとならないのは当然のことだ。
「分かったよ、本当にそうだと思う、君の言うとおりだよ!それじゃ、これから送りのバイトに行くね!」「うん、気をつけて行って来てね!」「あ、テーブルの上に合鍵置いておくから好きな時間に帰るといいよ!」「うん、分かった!有難う!」
そして愛武はTシャツを着てからジャケットをはおりジーンズを履くと颯爽と部屋から出て行った。
弓枝は、しばらく部屋の黒いソファの上で仮眠を取ると、明け方には起きて自分の家に戻った。愛武とはすれ違いだった。
弓枝が帰ってから暫くして愛武がマンションに帰ってくると、テーブルの上にメモが置いてあった。見ると文字が書かれており、こういう内容だった。『支払いのお金が足りないことに、さっき気づきました、もし都合がつくようだったら下に書く銀行口座番号に早急に5万円ほど振り込んでおいて下さい!××銀行 ○×△◎▼□◎ 弓枝より』送りのバイトのお給料日がくれば、これくらい何とかなるのは愛武にも分かっていた。
だが、今度のお給料日までは、まだまだ日があった。なので、愛武は愛するフィアンセ弓枝のためにむじんくんへ行こうと決断をしたのだ。青年実業家の父親にお金を借りるのは簡単なことだったが、これ以上スネをカジルノモ男としてみっともないことだと思ったからだ。
愛武は決心を固めると、送りのバイトから帰ってきたばかりのその足で近所のむじんくんへ小走りに向かったのだ。大事な未来の妻のために支払いの協力をするのは未来の夫として当然の役目だと愛武は心から思っていた。なので、心の命じるままに思ったとおりの行動を取ったのだ。
むじんくんで無事お金を5万円下ろすと愛武はすぐに今借りたばかりの5万円をメモに書いてあった弓枝の口座番号に振り込むためにコンビニのATMに向かった。コンビ二のATMは本当に便利だ。毎日24時間営業がざらだ。愛武は何も迷うことなくコンビ二のATMから即座に5万円を弓枝の銀行口座番号に振り込んだのだ。
今は明け方の5時頃だから、まだ外は朝日が昇りきらず、薄暗かった。ちょうど曇り空のような感じだ。
お金をATMに無事に振り込み終わると送りのバイトで疲れていたので愛武はさすがに眠くなって来た。“さあ、家に帰って風呂に入ったら寝るかぁ~!”思わずそう心の中でぼやいていた。
今、着ているジャケットの色は鶯色だった。その鶯色のジャケットが明け方の寒空にいっそう寒そうに震えているように見えた。その状態のまま愛武は、すぐにマンションの部屋に戻った。
“本当に僕の未来のお嫁さんはお金の掛かる子だな”愛武は心からそう思った。“ああ、こんなことじゃ先が思いやられる・・このままじゃいずれ破産してしまう・・”愛武はマジにそう思った。
人を本気で好きになると言うことは本当に素晴らしいことだと思う。だが、己を失ってまでお金を使い果たすことだけが愛情表現ではないだろう。本当に相手も自分のことを思っているなら、お金が空っぽになるほど使わすと言う事があるだろうか?真面目に考えるとそんなことあってはならないはずのことだと思える。そう思いながらも眠くて仕方なくなったので愛武は、いつの間にやらウトウトと眠りについてしまった。
そして、気づけば夢の世界にいた。夢の中で愛武は花婿衣装を着てこれまた花嫁姿―純白のウェディングドレス―の弓枝と共にバージンロードの上を歩いていた。舞台はチャペルの中だ。神父の前で二人は愛を誓い、口付けを交わしたのだ。その時、チャペルの外には真っ白な鳩が何羽か飛び交っていた。
―また、ある日のことだ―
フリーマーケット会場に弓枝と楓と昨日、出会い系で知り合った見知らぬ男の三人がいた。出会い系で昨日、“明日一緒にフリーマーケットに出かけてくれる人!”で募集をしたのだ。フリーマーケット会場には他にもたくさんの人が来ていて、ざわめき合い犇き合っていた。皆、それぞれがご自慢の手製の品や古くなっていらなくなった家具や雑貨や調度品を持ち合わせていた。
「売れると良いねぇ~!」「そうだねぇ~!片っ端からいっぱいいらないもの持ってきたから何点かは売れるでしょ!」
「じゃあ、シートの上にならべる?」
フリーマーケットで商品を展示するのに使うシートを出会い系で知り合った男はさっそく慣れた手さばきで展示スペースに持ち込み床の上にサッと広げると、その上に次々とフリーマーケット用に持ってきた様々なたくさんの品を実に手際よく並べ始めた。見れば、その品々の中には、アンチークなものからブランド物の洋服やブーツや雑貨類や雑誌やDVDなども入っていた。
「ねぇ、埃がついているものもあるかもしれないからみつけたらタオル渡すからそれで拭いてね!」
弓枝が持ってきたタオルを使い出会いで知り合った男がフリーマーケットの品で汚れが目立つものを見つけては丁寧に磨いた。なるべく商品を新品にみせるためだ。
「あっ、これ下さい!」