弓枝はこのところ愛武とは、ずっとご無沙汰だった。婚約期間中だというのに前にも話したとおり、愛武は弓枝との愛の巣であるマンションの頭金の調達のためと、その後のよりよい二人の交際の充実のための資金繰りのために朝も夜も関係なく寝る間も惜しんで終始一貫働き捲くっていた。何としてでも、毎日、朝から晩まで働き捲くって稼いで弓枝と幸せでリッチな生活を送ってみせる。愛武は心からそう思っていたのだ。何よりも金持ちの親のどら息子と人から後ろ指を指されるのが辛く情けなかったので自力でお金を稼ごうと努力を続けていた。
花のプリンス、ざます風伊達メガネがとても似合う現在進行形で新人スターの色男愛武の色香はいつの間にか仕事疲れで窶れ褪せていた。前のあの凛々しい風貌はいつの間にかどこかに消え去っていた。
そんな自分の姿を哀れに変えるほどまでに涙ぐましい愛武の努力を他所に弓枝は、相変わらず様々なショッピングフレンド達や同じ目的に向かって共に歩む仲間達と常に一緒に行動をし孤独に悩むということはただの一度もなかった。元来、愛想がよく人好きがするタイプなので、いつ何時でも孤独の悲哀に苦しむと言うことはまずありえなかった。常に大勢いる取り巻きの中の一人が必ず弓枝の傍に侍っている状態だ。今、こうしている間も、おそらく弓枝は、どこぞの馬の骨とも分からぬもの達に、まるでメシアのように様々な奉仕を受けているに違いない。
この光景を恋と呼ぶにはあまりに不十分で危なっかしい状態だと思われる。恋愛未満と呼ぶのも明らかにふさわしくないだろう。恋や愛が存在する場所にメシアの活動があるとはとても思われないからだ。だが、間違いなく、このメシアの活動を弓枝は出会う者達殆ど全ての者に特に強いる訳でもなく、いつの間にか自然に実行させていた。弓枝に出会うと殆どの者達がまるで雷に打たれたように言いなりになっていた。このことを知らない者達が聞いたなら非常に興味深いことだと感じると思う。
ならば、そのメシア活動とは一体、具体的にいうとどのような活動なのだろうか?まず、その最も代表的な活動内容の一つを挙げると部屋の整理整頓、掃除、荷物の上げ下げや移動だ。弓枝は誰かが部屋に訪れてくると必ず18番で部屋の整理整頓や掃除をさせていた。その際、指先一つや顎で指図をしていた。
だが、それに反抗したり逆らう者は殆どいなかった。いや、皆無に等しかった。皆、弓枝を一目見ると―過去に会ったショッピングフレンド以外にも新たに出会い系や伝言で知り合った者達の場合だ―その美貌に一目惚れをしてしまい瞬間的にただのメシアに成り下がっていた。
その次に多かった活動がオークション商品の写真撮影だ。弓枝は生まれつき美貌があるばかりでなく商才にも優れており今流行のネットオークションにも積極的に参加をしていた。小学生の頃に公文式に通っていただけあって計算は得意だ。なので、どれだけ儲かるとか利益があるとかをすぐ頭で暗算ができるのでオークション活動などの商売活動がすごく好きで趣味なのだろう。弓枝がよく売りに出していた商品は、もっぱら着古した洋服やコスプレだった。着古してはいても、元が超ブランド品が多く、きちんとクリーニングに出していたので、新品同様とは言えないが、売る際にそれほど問題はなかった。
また、一度も袖を通していない洋服やコスプレもたくさん持っていたので、―弓枝はショッピングフレンドにとにかく出来るだけたくさん洋服やコスプレを買わせ捲くっていたので中には一度も着たことがない物も多かった―それらは『新品同様』とオークションで売りに出す際に注意書きで説明を入れいてた。洋服やコスプレ以外にも靴類や骨董品や家具や小物などもオークションに出品していた。
たくさんのさっき出会い系や伝言で知り合ったメシア達は、弓枝に顎で指図されるままそれらの商品の陳列―写真が撮りやすいようにポーズを付けて綺麗な色のシルクやビロードやサテンなどの布を敷いたテーブルの上に置いたりした―や写真撮影に励んでいた。もしかしたら、いや確実に今、現在でもきっとその活動は続いているのだと思う。そして、その活動は、ひどいと徹夜に至ることも多かった。さらには3日3晩それは続いたのだ。
ある者は寝ないで皮のブーツを専用の磨き粉やクリームで磨かされた。そして、ある者は、弓枝の実家ビルの3階の中間の敷居である壁を撤去する作業に借り出され長時間作業に追われた。―電動ノコギリを使用していた―さらに、ある者は、屋上の倉庫まで走らされ倉庫の中のものをソックリ一度外に出し、奥にある物を取り出す作業を指示された。
無論、いづれも無報酬だった。
無報酬ならまだ良いが初めて会ったばかりだというのに、イキナリ出会いがしら弓枝におねだり攻撃を受け数万もするカメラを買わされた女性もいた。もっとそれより酷い例を挙げると、弓枝と初めて出会った男性が―自営業の人らしかった―おねだりされるまま一つ返事で外に30万円のエアコンを買いに行くという超すごい事件があった。初めて会って何の付き合いもない女性によくそこまで出来るなと誰でもが思う瞬間だ。まるで皆、神の申し子のように弓枝のために自己犠牲を払っていた。
これらの活動のために弓枝の部屋や領域は毎日のように家具や物の配置が変わっていることが多く、常に整理整頓されている状態だった。唯一、何か欠陥があるとしたら、しょっちゅう家具移動を行うためにその際に使用するために無数の段ボール箱を開いたものがあちこちに散らばっていることだ。それ以外はいつ突然尋ねて行っても弓枝の部屋はいつも完璧に整理整頓されていた。
殆どの人が弓枝に出会うとどんなに悪い噂を聞いた後であっても、まるで魂を抜かれたように弓枝の言いなりになっていた。中国の4大美女というものがあるが、弓枝がその中の誰かの生まれ変わりだとしたら、私は西施だと思う。
西施とは、本名は施夷光。中国では西子ともいう。紀元前5世紀、春秋時代末期の浙江省紹興市諸曁県(現在の諸曁市)生まれだと言われている。
現代に広く伝わる西施と言う名前は、出身地である苧蘿村に施と言う姓の家族が東西二つの村に住んでいて、彼女は西側の村に住んでいたため、西村の施→西施と呼ばれるようになった。
越王勾践(こうせん)が、呉王夫差(ふさ)に復讐のためプレゼントした美女軍団の中に、西施や鄭旦などがいた。勾践の策略は見事にはまり、夫差は彼女らに夢中になり、呉国は弱体化し、ついに越に滅ぼされることになる。
呉が滅びた後の生涯は不明だが、勾践夫人が彼女の美貌を恐れ、夫も二の舞にならぬよう、また、呉国の人民も彼女のことを、妖術で国王をたぶらかし、国を滅亡に追い込んだ妖怪と思っていたことから、西施も生きたまま皮袋に入れられ長江に投げられた。その後、長江で蛤がよく獲れるようになり、人々は西施の舌だと噂しあった。この事から、中国では蛤のことを西施の舌とも呼ぶようになった。
また、呉国にプレゼントした際の世話役である范蠡に付き従って越を出奔し、余生を暮らしたという説もある。
中国四大美人の一人と呼ばれる一方で、いわゆる大根足であったといわれ、常にすその長いスカートが欠かせなかったといわれている。(Wkipediaより)
上の文の最後の方に出てくる范蠡は(ハンレイ)と読むらしい。だがWkipediaというものは常に書き換えが出来る物だから、必ず正しい情報かというと定かではない。なので、少しでも疑わしい部分を発見したなら、ぜひリアルの文献の方も目を通して欲しいと思う。
弓枝と愛武が久々に再会したのは、毎日のように続く愛武の夜のコンパニオンの送りのバイトがやっと休みをもらえた時だった。
また、その会うたび買い物ばかりで手も握れないと言っていた男は、その事実を隠蔽工作するかのように弓枝に促されるまま楓ともデートをしたのだった。それは、買い物デートではなく普通の大人同士のデートだった。―京都でデートをした―
もし、交際が発覚した場合楓と付き合っていたと言いたかったのかどうかは定かではない。―つまり、年齢的にどう見てもその男は妻子持ちに見えるから、そのための隠蔽工作だろうと思う―
そのデートの最中にもその男は“自分はただの貢ぐだ!”とか“みっともない男です!”などと散々愚痴をばら撒いていた。また、口癖のように“現金だけじゃ足りないのでいつもカードで買い物だよ!”ともほざいていた。さらには、“いまだ一度も買い物以外のデートはしたことがないよ!”とも楓にぼやいていた。
楓は、友人の弓枝のその妖艶なまでの美貌にはとっくに気づいていたが、まさか夢にもこんな事態が最終的に待ち受けていようとは思っていなかったので少々その話を聞かされてショックだった。薄々分かってはいても、そのような内容の話は実際に直接聞かされると何とも嫌なものだ。
だが、それでも友人思いの楓はせいいっぱい弓枝を庇おうと「弓枝ちゃんはあの子は買い物だけさせてその後二度と会わないとかそんなことする子じゃ絶対ないから信じてあげて下さいよ!」とか何とかその場の思いつきで宥めたが真実は小説より奇なりだった。
実際に弓枝は買い物だけして男を捨てていたかと言うとそうではなかったからだ。もしも、次に男と話した時、買い物をするお金がなくても真剣にジックリと時間をかけて買い物をするためのお金の作り方の相談に乗っていた。つまり、彼女からもう二度と会えないと男に言うことはなかったのだ。
生まれつき機転が利いて頭の良い女性である弓枝は、“もう駄目だとか無理だ”とかという台詞を何よりも嫌い常に前向きに明るく物事を捉え考えていく思考能力の持ち主なのだ。その彼女の明るいパワーに溢れた考えに感化されるせいか男達も弓枝といるとどんなに暗い表情の男であってもたちまち瞳孔が開き見る見るうちに明るく希望に満ちた表情に変わっていった。
よく現代は何年も前からフリーセックスの時代と風刺され、セックスフレンドという言葉がやたら使用されるが弓枝と今まで説明した男との関係はショッピングフレンドというべきだろうか。セックスをしないで買い物だけをする訳だから単なるショッピングフレンドなのには間違いないだろう。
このショッピングフレンドは今話した男性一人ではないのは今までの話を読んでも分かることと思う。弓枝は、愛武と婚約期間中もこのショッピングフレンド達と絶えず交流をして活動をしていた。フィアンセの花のプリンスの愛武が夜も寝る間も惜しんで接客業のコンパニオンの車の送迎のバイトをしている時間の最中でさえもショッピングフレンドとデートをしていることが多かった。いよいよ念願のオーディションに受かり、これで晴れてスターの花嫁として弓枝を迎え入れる権利を手に入れたという矢先に肝心の弓枝はひっきりなしに複数のショッピングフレンド達と入れ替わり立ち代り交流を深めていったのだ。
容姿が美しいことは去ることながら天真爛漫でものおじせず、まるで向日葵の花のように明るい女性それが弓枝だ。人情も深く、買い物だけで相手を捨てるという事はまずなかった。『お金がなくなったらハイさようなら』という冷たい芸当は到底出来ない女性だった。真剣に次の買い物の資金繰りの相談にいつも乗っていた。
言い方を帰れば下町の太陽、都会の天使と言った形容の言葉もピッタリ当てはまると思う。なので婚約後もたくさんのボーイフレンドやショッピングフレンドに慕われ愛されていたのも無理はないと思う。“彼女のためだったら自分はサラ金に走ってもいい”という男性は、いつ何時でも後を経つことはなかったのだ。
唯ひたすら彼女の最大の欠点でもあるその過剰なまでの物質欲が毛皮などの高級革製品の売り場や展示会に出向くと気づけばいつの間にかムクムクと湧き上がってくるので、時たまそれが頂点に達して爆発してしまうために高級革製品の売り場や展示会に来場している大勢の人の前でも突如、大きな奇声を発して周囲を呆気に取らせてしまうという実に奇妙で特殊な芸当を持っていた。
久し振りに弓枝のその奇声を聞いたのは京都のショッピングフレンドではなくてまた別の都内のショッピングフレンドといる時だった。
「ねぇ!ちょとぉおお~~!待ってよぉ~!これさぁ~~!すごく良いと思わない?」「良いと思うけど、ちょっと高すぎるね、50万円だからね!」その時高級革製品の毛皮の展示会に一緒に同行していたショッピングフレンドは正直に現在の心情をそう吐露した。「でもさぁ~!私ってば欲しいと思ったらどうしても我慢が出来ないのよね!現金が無理だったらカードも使えると思うけど・・?」「ああ、でも今月の支払いまだ終わってないし、とてもじゃないけど50万円は無理かなぁ、ごめんね!」「でもさあ、頑張れば買えるでしょ・・・・これくらい!・・あっちょっと待ってよ!」「ごめん、無理だから他の商品を見ようよ!」「待っててばぁ~~!お金がないなら、お金がなくても買える方法あるのよ!ねぇ、聞いてるの待ってって言っているでしょ!」「あっ、何するんだ!」
気づけば弓枝が一緒にいるショッピングフレンドの前にいつの間にか仁王立ちに立ちはだかり、ものすごい形相で襲い掛かっていた。「待ってって言っているのが分からないの!?」ショッピングフレンドの頬に何発も弓枝のビンタが飛んだのはその台詞のすぐ次の瞬間だった。「痛い!痛いよ!やめてくれ!分かった話を聞くから、頼むから静まってくれ!」弓枝は無視をされたショックが収まりきらないのか思わずショッピングフレンドの体を思いっきり前方から突き飛ばした。その後、止めを刺すように思い切り拳骨でショッピングフレンドの鼻の頭を殴ったのだ。弓枝はとても気のいいタイプだが一度怒ると止まらなくなる気性なのだ。見る見るうちにショッピングフレンドの顔から鼻血が垂れ出した。「君には参ったよ、分かったよ分割なら何とかなるかも・・」黒いエナメルジャケットとと黒の皮のミニスカートをはいている弓枝はまるでその時野生の目がギラギラと光る黒豹のようだった。
―ある日のことだ楓が部屋で漫画を読んでいた―それはレディースコミックだった。ネットの貸し本Renta!で48時間で105円で借りた魔木子という漫画家のQUEEN BEE ―女王蜂― と真夜中のマリアというタイトルの電子漫画本で楓はこの漫画がとても気に入って繰り返し何度も読んでいた。そのうちのQUEEN BEE ―女王蜂― という漫画電子本はまるで弓枝のことを描いているようだと楓は感じた。
漫画本を何回か続けて読むと、もう夜の22時を回っていたので、ついウトウトとしてきたが、いつもの習慣の日記をつけていないことをすぐ思い出し、慌てて机の備え付けの本棚から日記を取り出すと、それを開き日記を書き始めた。
この先きっと弓枝ちゃんに何かよくないことが起きると思います。何かとても恐ろしいことが今後いつの日か弓枝ちゃんのことをきっと襲うのだと思うのです。それは、ある日、突然やって来て弓枝ちゃんのことをきっと不幸のどん底に突き落とすんだと思います。私はその日がやって来ないことを心から祈りますが、もしもやって来たら、その時は心を鬼にして対処して行こうと思っています。毎日、不幸がやって来ないように神様にお祈りして行こうと思っています。
○月▲日□曜日 22時15分
それだけ日記に書き終わるとスッカリ眠くなってしまったので、すぐに寝巻きに着替えるとベッドの中に潜り込んで行った。それから暫し、何かを思い悩むような仕草で指で眉間や目頭を押さえていたが、気づけばいつの間にか眠りに入っていた。
人を好きになったり、恋をすることは本当に素晴らしいと思う。そして、見事相思相愛になり愛の花を一花も二花も咲かせられたらもっとすごいと思うのだ。
だが、恋愛にも一応、論理や基本があり、すなわちセオリーがあるのだ。著しく、基準や基本を離れて常識を欠いた行動や言動が続き、大きく脱線してしまうと、後でとんでもないことに発展して行くのは眼に見えているのだ。
愛武と弓枝の関係は、今のところお互いが好きあっているから(!?)まだ良いのだ。
だが、問題なのは、そういう仲睦まじい二人のことを指して言っていることではなくて、少し前に書いた、あの弓枝のために渋谷109の前からサラ金事務所に走って行った勇敢な勇者達のことだ。そう、私は彼らのことを“勇者”と呼びたい。一度も心も通ったことも無く、唯一目見ただけで己を忘れ、恋におぼれ、衝動的な行動に走っていた。
人はそれを端的に“一目惚れ”と表現したりしている。この“一目惚れ”の現象を巻き起こすことが大変得意な女性、それが弓枝と思う。
彼らは、その時は、自分の思うまま感じるまま、やりたいように動いたと思う。
しかし、その後が問題なのだ。その時は良いのだが、人間というのは真に愚かしい動物であり、だから動物なのだろうが、時間が経ってから過去を振り返ると自分が取った善行に対して、必ずある種の“見返り”を求める習性があるのだ。
つまり、彼らも人間であるから、その例外ではなかった訳だ。当然のように、あの時の行動に見返りを求めていたのだ。それはもちろん、弓枝のためにサラ金事務所に走った行動のことだ。案の定、彼らは、後々になってそのことに対する何らかの見返りをありとあらゆる手段を尽くして様々な形で要求していくこととなったのだ。
では、どんな形でそれは要求されることとなったのであろう。
その中の一つの例を挙げると、騙された者たちが今、もう日常の日課のようになって生活に根ざしているネット社会の中で頻繁に行われている掲示板活動やチャット活動の中において、偶然出会い、そして偶然会話をした時に、ふと同じ女の話にぶつかり、よく話を聞くとまったく似たような体験を受けている、被害を受けている!?―自ら進んで行った行為が被害と呼べるかどうか少し疑問だ―ことに気づき、そこから自ずと連帯感が湧き、スクラムを組むに至った経路から主に最初は話し合いによってだったが、そのうちそれだけではいつまで経っても何も解決しないことに気づき、暗号や仕草だけで、思い切って突発的な事件を連鎖することによって、そのショック療法によって無理やり、問題の女王蜂的な存在の女性、弓枝を自分達が勝手に決めたアジト―彼らが常日頃、タムロする場所のことだ―に誘い込むことが最良な手段だという結果になったらしい。
その彼らがアジトとするタムロする場所とは一体、どこのことを指すのだろう!?
それは、ズバリ、若い男女や中高年、さらには年配の人にも大人気の3D仮想空間のバーチャルのことだと思う。
確かにその中でも完全に言論の自由が許されている訳ではなく、しっかりバーチャル内に会話ログが残ってしまうのだが、彼らは文殊の知恵で、すぐにメールアドレスを交換してからそちらの方で手早く同じ思想であり同じ体験をした仲間だということを確認する手段を取っていたのだと思う。そして、仲間だと確認が取れた後は、彼らはもう家族同然だった。
お互いの見返りを請求することを誓い、そして協力し合い、辛い時は肩を抱き合い励まし合い―まあ、バーチャルの中だからそんな風に見えるようなジェスチャーを取ったまでのことだろう。何としてでも、あの時使った分の(サラ金から借りた分の)金の金額分は楽しくて良い思いが出来ないと腹立たしいというのが彼らの正論なのだろう。それは、考えてみればもっともなことだと思う。
が、しかし、そのために罪もない関係ない(!?)人物を巻き込むのは絶対に良くないと思うのだ。ただ、その現場をシッカリと目撃した目撃者だからというだけで敵視し、厄介者のように閉じ込め、知り合いまでも調査してそのことをその知り合いに言いはしないかとずっとおっかなビックリで監視している姿は本当に愚の骨頂だと思う。
自分たちがそういう被害者だから陰謀しているということが露見することを何より恐れていたと思える。それがバレレば、芋づる式にあとの問題も全てあっという間にバレテしまうからだと思う。現に既にことが露見して全貌がバレテきているために減給や酷いとリストラになった人もたくさんいるのだ。
私に言わせれば、辛くてもグッと耐えて他の事、主に趣味などに時間を費やして恨みを消化して頑張れば良かったのにと思い、とても残念な限りだ。きっとそのために趣味で稼げる仕事の拡張が大幅にネット内で展開されているのだと思う。恨みを消化するためだと思う。長年の夢が叶えばきっと辛い過去も忘れると思ったのだろう。
それは、ズバリ正解だと思う。現にだんだんと少しづつだが事件は確実に減ってきている。趣味が実益に繋がるという喜びが長年の恨みや怒りを半減したのだと思われる。この分だと弓枝はたくさんの男達の怒りや恨みによる呪いの連鎖の輪の呪縛から少しづつ逃れて行ける可能性が大きくなっているのは確かだ。
―愛武は結局オーディションに受かった、晴れてスターになったのだ―“これで堂々と弓枝のことを我が花嫁に迎えられる”愛武は心からそう思い喜んだ。
だが、この間、アメリカフロリダディズニーの旅行でものすごい大金をいっぺんに使い―殆どが弓枝のために使い果たしていた―しかも、二人がゆっくりとじっくりと寛いで過ごせる場所として借りるためにマンションの頭金の内金に50万を入れたばかりで現在お金はスカンピーに近い状態だった。なので、結婚資金を作らないといけないのだったが、この間あんなにもお金を借りたばかりだから、また青年実業家の父親からお金を借りるのはちょっと辛い物があった。
それに、マンションの頭金の残りをまだ払っていない状態だから、お金を使うのは、そちらの方が先になる。弓枝とのデートも暫くの間お預けで、即効高収入のバイトを昼間の仕事が終わったら少し仮眠を取ってからやらないとならないなと思った。つまり、昼間の仕事が終わったら一度家に戻ってから仮眠を取り、すぐ起きてまた二度目の仕事に入るということだ。そのような仕事は水商売関係のコンパニオンの自宅への車での送りなどの仕事が打ってつけだろう。愛武はその仕事をさっそく見つけて―面接したら即決だった―受かったその次の日から毎日のように昼の仕事が終わったら一度家に戻って仮眠を取ってからまた水商売の店のコンパニオンの送りの仕事をしに働きに出たのだった。
愛武が毎日、昼も夜も額に汗して働いていた時、弓枝と楓は京都に旅行に行ったことがあった。京都に行ったのは温泉に行くのと観光と、あと弓枝が出会い系で約束したカメラマンとの待ち合わせのためだった。それと同時にカメラマンに会う前にどうしても撮影に必要だからと着物を買ってくれる男性と待ち合わせていた。京都では着物を買ってくれる男性とカメラマンに会いに行く用事で殆ど日程が埋まっていた。「ねぇ、この着物より、こっちの着物のほうが素敵で私に似合っていると思わない?それから、この簪も私にすごく気にいっちゃったから買ってよ!」弓枝はしきりに着物を買ってくれる男性にそう言って媚を売っていたのだ。
着物は安くても50万円くらいはする物だ。またそれ以下だと弓枝は嫌な顔をするのが常だった。だから、待ち合わせてくる男性は多くの者達がカードローンを使用していた。つまり、始めてあった身も知らぬ、だけど美しい女性のために大きな借金を平気で背負って買って出ていたのだ。そして、案の定、買い物が終わった後は、必ず弓枝に知らん顔をされて全員捨てられていたのだ。また、会えるとしたら、また高額の着物を買うしかないような地獄のような奴隷男に成り下がっていた。
その者達の恨みも先に書いた者達と同様、こうして毎日のように日本全国各地の人間と瞬時に交流できてしまうネットの3D仮想空間のバーチャルがあれば、そこに終結してしまうのは目に見えていた。
「会うたび買い物だよ!まだ、手も握ったこともないよ、まるで奴隷だよ!ただの貢ぐです!」京都で出会った弓枝が出会い系で知り合ったという男が楓に始めて声を掛けた内容がこうだった。
その後の出来事は、また、いつになく目まぐるしかった―弓枝が異常に男にモテモテな光景はもうとっくに見慣れてはいたが、やはり、目の前で直に見ると衝撃がすごいのだ―事前に伝言ダイヤルで待ち合わせしていた男がまた109の前に来ると、男は弓枝に懇願されるままに、あっという間に、猛ダッシュで、109の前からサラ金事務所に飛び込んでいった。その時の男性の心理は、一人の華やかなうら若い美女を金銭苦から救いたいという一心だったと思う。
その人数は一人ではなかった。その日、渋谷道玄坂の109の前には15分か25分おきくらいに数人の男が立て続けに姿を現したのだ。
「お金に困っているのよ!」「借金取りに追われているの!」とただその一言だけで、今初めて出会ったばかりの女を金銭苦から救うために何も疑わずに迷わず颯爽とサラ金事務所に飛び込んで行く男のロマンとドラマがそこにあった。何としてでも、このひまわりのように艶やかで華麗で凛とした美しい女性を借金苦とという忌まわしい不幸から救い出してあげたい!男達の心はこの時そういうロマンと自己犠牲に燃え立っていたに違いない。
「ねぇ、弓枝ちゃん、こんなにしてもらっちゃっていいの?あとで何か起きないかなぁ!?」「平気、平気!暫く稼いだら引っ越して移動するつもりだから、ずっと同じ土地は危険だから・・・」
そういうと弓枝の目はどこか遥か彼方遠くをジッと見詰めるような目つきになっていた。そして右手を手櫛にして軽く髪をかき上げてアンニュイなポーズになった。その表情は大変美しい雌豹のようだ。その時、全て何もかも悟りきっているような弓枝の台詞に、さすがに戸惑いを隠しきれず楓は困惑した。
「ねぇ!弓枝ちゃん、こんなこと続けて怖くないの?愛武とはどうなるの?一緒に引っ越すの?」「愛武がそうしたいって言うなら、そうすると思う、でも、愛武とはマンションで会う約束しているから引越し先も一緒とは限らないよ」「ええ、でも結婚するんじゃないの?」「私ね、しけたつまらない生活って耐えられないタイプなのよ!愛武が私を満足させてくれるなら結婚もちゃんとする、だけどそうじゃなかったら私は私のやりたいようにやるだけ」そう言いながら、弓枝は視線が定まらない状態で、疲れたように眉間に皺をよせて片手で額を覆った。
結局、渋谷109の前で待ち合わせた全部で9人の男が次々サラ金事務所に走り、総額50万ほどの金額が一日も掛からず数時間で弓枝の物になったのだ。
今、楓の目の前にいる弓枝は、普通のそこら辺にいる女性とまったく変わらなかった。少なくとも楓にとってはそうだった。だが、男達から見たら、そのブランドの洒落たスーツに身を包み、お化粧もブランド品で固めて完璧なハイセンスな姿の弓枝は眩いばかりの存在でまるで挿絵から抜け出たお姫様のように見えるのだろう。
だからって何もサラ金に走ることもなかろうに・・・どうしてせがまれた時に親に相談するように勧めないのか、その男達の行動は楓にとってとても不思議だった。
そして同時に不信感を持ったのだ。“男ってみんなああなのかしら・・弓枝のような美女を目の前にするとみんな鼻の下を伸ばして言いなりになってしまって・・・”
そして、そう思った直後にある恐ろしい未来図が楓の頭の中を駆け巡りだした。それは、もしかしたら、弓枝のために今後、日本、いや世界が震撼するほどの事件や災いが起きるかもしれないという未来予想図だった。魅力的な花や蝶のように美しく艶やかな弓枝に沢山の男性が魅入られて奪い合いを始め、殺し合いまで発展するかもしれないという阿鼻叫喚地獄絵を伴う恐ろしい恐怖の予想図だ。
だが、現時点で、いえ、何年も前から弓枝は現実の世界ではいない存在になっている。それは、決して死んだ訳ではなくて、もし正体や存在をハッキリとさせれば、いくらモテルと言えど、何らかの代償やしっぺ返しが待っている状態だからだ。それは、明らかに日頃の行動を見れば分かることだ。なので、どんなことがあっても例え変装して隣に弓枝がいようが“私が弓枝よ!”と正直に名乗ってくる可能性は大変低いのが事実だと言える。一度でも逸れたら最後、それが現時点での弓枝の真実の現状だと思う。
一番、可愛そうなのはフィアンセの愛武だと思う。今や、愛武は弓枝のことを心から信頼しきっているのだ。だから、もしも、弓枝の影の本性を知ったら、ショックで気絶をしてしまう恐れがあるのだ。酷いと一命を失う可能性も高いと思う。笑い事ではなく、弓枝という女性と何かの縁があって出会い恋をしてしまった者の、それは宿命だと言えば的確な表現になるだろう。
楓はサラ金事件の件は日記には書かなかった。なぜなら、あまりにも衝撃的過ぎて手が震えて動かなかったというのが事実だった。ただ、一応真実としてメモに走り書き程度にチョコチョコと文字を書き留める程度で終わらした。楓としては日記の内容を出来ればもっと充実させたいという強い希望があるからだろう。
ただ、とても大好きで素晴らしい友人だが、弓枝のことを自分の身内や他の大事な友人にお勧めできるかと言うとやはり、一抹の不安と迷いがあった。彼女のあの人並みはずれたハイテンションな金銭感覚と男を一瞬のうちに一目惚れさせてメシアにしてしまう魔女のような生き様に果たして他の皆が素直に対等に付き合っていけるのかという疑問があまりにも大きすぎるのがそう考えてしまう一番の大きな原因だ。
弓枝のことを芸能界も少し興味を持ったようだったが、―フィアンセの愛武が休みの日にタレント養成学校に通っているせいもあるだろう―さっきお話したとおり、人前に堂々と名乗って出て来れない状態なので芸能界のような華やかな場所からスポットが当たってしまうのは所在地が明らかになりやすく正に命取りの問題であって、マングースと蛇のような天敵の関係だと思われるのだ。だからハッキリ言って芸能界に対しては興味本位に何かを探るように接近されても迷惑なだけというのが正直な感想だ。それは他の類似業界、―演出、脚本、アニメ、漫画など―関連業界に対しても言える。
結局、探るうちにそれらの業界は次第に何か弱みを握ってしまい、こちら側から見ると脅されたり揺すられているような不愉快な気分になってしまって、最終的にこちら側からそれらの業界に対して少しも良い感情が持てなくなるからだ。
愛武との恋愛が弓枝を一周りも二周りも大人にしたといっても、まだそれは恋愛の入り口にやっと辿り着いただけという状態だと思う。二人は青春の真っ只中にいて、何もかもが新鮮で輝いて見えていた。だが、常に暗中模索で手探りの状態なのだ。
愛武が弓枝との未来に結婚の夢を掲げ、必死に努力している頃―愛武は今度のオーディションに受かり見事スターになって弓枝を我が花嫁にしようと真剣に考えていた―弓枝は、沢山の騙してきた男達の追及から逃れるために既に身の置き所を直ちに移動させることを考えていたのだ。
この弓枝の本心に当然ながら、まだ愛武は気づいていなかった。
たったの一日、いや数時間で立ちどころに一般女子OLの一か月分どころか2ヶ月3ヶ月、分くらいお金を集めてしまう能力がある弓枝だから、対等に付き合える男がこの世の中に何人いるかはよく分からない。いるとしても最初は弓枝の外見に惹かれて男も言いなりだろうが、そのうちその恐ろしいまでに気丈な気性の激しさに気づくときっと遅かれ早かれ引いてしまうと思うのだ。一般的に実力者と呼ばれる人物は、同じような能力を持っている実力者とは、異性であっても最終的にはぶつかってしまうと考えられるからだ。そのようなことは事前に配慮してトラブルは未然に防いだほうが良いと思われる。
そして、ダンダンと見えてきていることだが、このように美貌があり、裏界隈では常に暗号とかで表現されて噂されている女性だから、当然ながら美に関する職業のエステシャンやモデル関係者―まあ、ちょっとこの手合いは若さを売りにする場合も多いので必ずそうとは言えない―そして、何よりも最も弓枝に心惹かれ、熱心になる職業の持ち主がいるとしたら、それはズバリ、画家やイラストレーターやアニメーターだと思う。これらの職業の人物が何人も集まって弓枝の美貌の噂に心奪われ集団で集まって金を出し合って調査して弓枝を追い詰めようとしているのは火を見るより明らかだと思うのだ。
また何日か経ったある日のことだ。弓枝がまた楓を誘って渋谷の街に繰り出した。道玄坂の坂道の中腹にある109ビルの前で男と待ち合わせていた。もちろん、例の如く得意の伝言ダイヤルで知り合った男だ。弓枝と楓の二人は仲良く渋谷109の前で伝言ダイヤルの男と約束したとおり、はいってすぐ右側にある公衆ボックスの前に仲良く連れだって立って男が来るのを待っていた。
その日、弓枝は愛武にアメリカフロリダディズニーで買ってもらったシャネルのネイビーのスーツとフェラガモのローヒールを履いていた。対する楓は、まるで学生のように地味で真面目そうなブレザーとスカートとブラウスを着用していた。なので二人が一緒に並ぶとまるで女王蜂と地味な女学生のコンビに見えて周りから見るとやけにアンバランスで妙な感じだった。正にミスマッチとはこのことだ。
「ねぇ、遅いねぇ~~今日のオタッキーは!」「そうだねぇ~!遅いねぇ~!」「今日の奴は、来る時に化粧品を買って持って来てくれるっていってたから、すごく楽しみなの!」「そうなんだぁ~!気前が良い奴で良かったね!」「うんうん、私の大好きなマリークワントの化粧品、アイシャドーとかチークとか適当に見繕ってきてくれるって言ってたのよ!」「うん、うん、弓枝ちゃん、マリークワントの化粧品、大好きだっていつも言っているよね!良かったね本当に!」「有難う!楓ちゃんなら、そう言ってくれると思ってた、私、あの化粧品、本当に肌に乗りがいいから大好きなのよ!」「あっ、そうそう、それから弓枝ちゃん、アメリカフロリダディズニーの旅行どうだった?愛武とはどうなっているの?うまくいっているの?」「うん、旅行はすごく楽しかったよ!愛武とは旅行中初めての喧嘩をしちゃったけど、それで返って雨降って地固まるになって良かったみたい、マンションを借りてくれることになったの・・・ああ、来週荷物を運ぶのよね!楽しみだわ!ぜひ、遊びに来てね!たくさん色んな人を呼んでパーティーをしようよ!」「えっ、でも、そこは愛武との愛の巣じゃないの・・・お邪魔じゃないの?」「大丈夫愛武は仕事とかタレント養成学校が急がしくて殆ど来れないから、事実上私のプライベートルームなのよ!それに、部屋の飾りつけとか家具を置く時にどうしても他の人たちの力が必要だから、絶対に誰かに来てもらわないとならないから・・」「そっかぁ~~!じゃあ、部屋が綺麗に整頓されるまでは、何人か呼んで手伝ってもらわないとけないねぇ~!」「うんうん、たくさん人を呼んで早く部屋を綺麗にしたいね!」
弓枝がそう言った時だった、弓枝と楓の二人の前方から、一人の男がこちらに向かってツカツカと歩み寄ってくる姿が見えた。多分、とうとう伝言ダイヤルの男が来たのだろう。
男は髪の毛がふさふさとしており、髪の色は茶褐色で全体的に大きくカールが掛かっていた。なんとなく軽い感じのタイプだ。
「ああ、待ってたのよぉ~!」「おお、それじゃ、君たちが伝言ダイヤルで待ち合わした二人?」
男はニヤニヤとふさふさとして茶褐色の大きくカールが掛かっている髪の毛を手櫛で掻き分けながら、カッコをつけて二人の前に立ちはだかっていた。服装も黒のエナメルのジャケットに濃いブルーのスリムのジーンズと結構気取った感じだ。どうやら、この男は、仕草からしてスタンドプレーが好きで目立ちたがり屋のタイプのようだ。
「そう、そう、あっ、そうだ!あれ持って来た?」「持って来たよ!これだろう!」
弓枝に言われるとすぐに男は察したようで、片手に持っている鶯色の紙袋の中から黒っぽい化粧ポーチのようなものを取り出した。
「結構な値段だったから、サービスで化粧ポーチもらったからそれに入れてきたよ!」
そう言いながら、弓枝のお目当てのマリークワントの化粧品が入っているその化粧ポーチを差し出してきた。
「どうも、有難う!」「いえいえ、でっ、お礼にお誕生日祝いってどこで?」「どこでもいいよ!」「ところで、誰の誕生日なの?」「あっ、私、私、だからお祝いに化粧品を持ってきてもらったんじゃない、もう忘れたの!?」「そうかぁ~!君の誕生日かぁ~!じゃあ、居酒屋でもいく?」
そう言いながら男は飲みのポーズをした。
誕生日とは弓枝の誕生日のことだ。―だが、実はそれは嘘だった、誰の誕生日でもなかったが、弓枝の提案でそう言った方がお祝いをしてもらえるから良いねと言うことでそういうことにしたのだ―
「でも、私、さっき思い出したんだけど、お祝いしてもらうのも良いけど、今借金がすごくて返済に追われているから出来たら、お祝いするお金があるんだったら現金でもらったほうが助かるのよね・・」「ええ、現金!?そんな話は聞いてなかったから手持ちはそんなに持ってきてないよ!化粧品だってカードで買ったんだよ!」「だったらぁさぁ~!カードでお金下ろせばいいじゃん!下ろせることろ教えてあげるよ!」「ところで、いくら必要なのさぁ~!」「とりあえず5万円かな、それだけ下ろすのが無理だったら、なるべくあるだけお願いしますよ!」「お願いしまぁ~す!」
楓も話を合わせるように今、ここに着たばかりの伝言ダイヤルの男に頭をペコペコ下げてお金を貸してくれるようお願いをした。
―実はそれも真っ赤な嘘だった、弓枝はいつも何不自由なく余分なお金を男から騙し取ると貯金をしたり美容やファッションに全て費やしていた、それは弓枝のファッションや髪型や化粧を見ても分かることだったが、男達は弓枝に出会うとみな魂を抜かれたように言いなりになり、言われるがまま金を手渡していることが殆どだった―
「そうだ!良い方法があるよ!むじんくんだったら身分証明書持っていればすぐお金下ろせるよ!」迷って悩んでいる様子の男に向かって弓枝がそう言い放った。
男は暫く悩んでいる様子だったが、弓枝と楓にそれはそれは、熱心に説得されて、すっかり絆されて近くのむじんくんに向かうことになった。そこで男はピッタリ5万円借りた。だが、その時、その場で弓枝が、あともう少しどうにかならないかと大変熱心に交渉した結果、5万円から一気に8万円に金額がアップしたのだ。つまり5万円借りた後にさらにもう3万円男がむじんくんから借りたのだ。
「どうも、有難う!」「本当に有難うございます!」「いやいや、女性が困ってたら助けるのが俺のモットーだから、気にしなくていいよ!」「今どき珍しいくらい心の綺麗な人なんですねぇ~!」
そして、お金を渡してもらい終わると、借金返済に向かったりそのあとさらに他の知り合いにお金を借りに行かないとならないからと、その場でその男とは別れてしまったのだった。